私は高砂市で生まれ育ち、昭和58年に兵庫県庁に採用され、それ以降38年間、県職員として歩んできました。
県職員としては、県内市町との調整事務を皮切りに人事や財務などの県庁のマネジメント業務を通じて、県庁の隅々までの業務にかかわってきました。
そして、県庁の支社長である県民局長として第一線での地域の振興に取り組み、産業労働部長として企業の支援を牽引しました。
コロナ禍の時には県庁の公営企業部門の一つである企業庁の責任者として、水道料金の無償化に取り組みました。
一方で、神戸の県庁に通勤しながら地元のお祭りの役員や自治会の役員を引き受け、地域のつながりの大切さや様々な人々の暮らしがあることを実感しました。
少しばかりの田んぼがありましたのでお米つくりを副知事になるまで続けましたが、天候に左右される農業の難しさや食料生産の重要性を経験しました。
令和3年3月に県庁を退職して兵庫県信用保証協会の理事長に就任し、コロナ禍に対し企業の支援に全力で取り組んでいました。
そのさなか、斎藤元彦知事から「副知事として県庁に戻り、私が進める県政改革を手伝って欲しい」との要請をいただきました。知事の真摯で前向きな姿勢に対し、これまでの県庁での経験を生かしてお役に立ちたいと考え、副知事に就任しました。
コロナが猛威を振るう時に副知事の仕事がスタートしましたが、一番の課題としてのコロナ対策に取り組み、さらには、反対する人達がいる中で知事が目指す県政改革に取り組みました。こうした中、兵庫県では「文書問題」が発生し、私は一連の混乱の責任を取る形で副知事を退任いたしました。
「ふるさと高砂」は、活力を維持し発展するためには広域自治体である兵庫県との連携が必要で、このために私の行政経験を生かしたいという思いが、心の中から消えませんでした。私は退任後に県議会の委員会で今回の「文書問題」について一連の経緯を説明しましたし、私に対する疑惑の主張については、的確な司法判断(不起訴)がなされました。
こうしたことも契機として、地域の未来のために新たな一歩を踏み出す決断をしました。
今、地方自治体は人口減少に伴う様々な問題に直面しています。
私を育んでくれた「ふるさと高砂」に恩返しがしたいとの思いから、「確かな行政経験」を糧にして、何事にもとらわれない「良識ある無所属」の立場から、未来を切りひらいていきたいと考えています。
みなさんの温かいご指導とご鞭撻を心よりお願い申し上げます。
〇昭和58年4月:兵庫県庁採用、市町村行政担当課に配置
〇平成17年度~18年度:総務省自治行政局課長補佐
久元自治行政局長(現神戸市長)のもとで職員の定員管理、公務能率向上の業務に従事。
時代の要請に応じ公務員の身分を有さなくても支障のない業務(運転、道路管理、調理給食、用務員等)の民営化を推進しました。
〇平成21年度~23年度:兵庫県庁人事課長
人事管理面から県庁の行財政改革の基盤を作ることに取り組みました。
東日本大震災の復旧支援では宮城県気仙沼市に設置した兵庫県の現地支援本部の責任者として赴任し、被災地のニーズに対応した支援を展開。この時に培った気仙沼市役所関係者の皆さまとの絆は、私が副知事を退任するまで大切に続きました。
〇平成24年度~26年度: 兵庫県庁管理局長
人事管理の責任者として県庁の組織マネジメントを担当。長年にわたる給与上の不適正な取り扱いを是正するため、職員労働組合と対峙。県庁で続く慢性的な超過勤務を少くすることに取り組みましたが、予算編成時に机上での膨大な作業と時間をかける長年の慣行を崩せず厚い壁に直面しました。
〇平成27年度:兵庫県庁西播磨県民局長
県庁の西播磨地域「支社長」として、岡山県や鳥取県との連携の視点を取り入れて県境地域の振興に努めました。利用が低迷する姫新線(姫路駅~上月駅)については自分自身が率先的に乗車してPRすることなどにより、初めて年間300万人乗車を達成。
〇平成28年度~30年度:兵庫県庁産業労働部長
「地域が元気になるためには、地域の企業が元気であることが必要」を信条に企業への支援、観光振興に取り組みました。若者の地元への就職を増やすため、奨学金返済支援や福利厚生の充実に着手。地域の企業が立派な技術がありながら廃業していることへの対策として、事業承継のための支援スキームを作成。
〇平成31年度~令和2年度:公営企業管理者
水道用水供給や工業団地・住宅団地の土地造成を独立採算で行う兵庫県企業庁の責任者を務めました。
ダムの設置などをして一部の市町に浄水済みの水道用水を有償で供給している水道用水供給事業では、コロナ対策として一定期間無償化を実施することにより、市町の水道料金無償化の流れを作りました。土地造成事業についてはバブル崩壊に伴う過去の大きな負債を洗い出し、その対策を立案して県上層部に働きかけましたが、井戸県政のもとでは実現に至りませんでした。
〇令和3年度前半:兵庫県信用保証協会理事長
令和2年度末で兵庫県庁を退職し、理事長選考の審査会を経て就任しました。
コロナ対策のための企業の資金繰りを最大限支援。
〇令和3年9月~6年7月:兵庫県 副知事
斎藤県政発足時に斎藤元彦知事の要請により副知事に就任。
また、斎藤知事の指示により県の外郭団体の役員相当職に年齢基準上限の65才を超えて就任し続けている県幹部職員OBの退任について、激しい抵抗の中、個別具体の退任に取り組みました。
井戸県政時代には実現できなかった県企業庁の大きな負債を明らかにすることを斎藤知事に進言するとともに、財政的な重荷となっている県の海外事務所の縮小、WHOの事務所の廃止の調整に当たりました。
高砂に立地するすべての企業が元気でなければ、地域の活力は生まれません。
そのために、それぞれの経営課題に応じた資金繰りや経営革新の支援を充実することが重要です。
職住近接の暮らしは、通勤の時間的ロスを解消し、地域活動へ参加する時間を生み出します。地元で働きやすい環境を整えるため、福利厚生の充実への支援を進めます。
高砂には素晴らしいものづくり企業や新しい取り組みを行っている企業がありますが、消費者を相手にする企業(いわゆるBtoC)でないとなかなか知られていません。
こうした優れた技術や斬新な取り組みのPRを支援し、地元での就業につなげていきます。
私は毎年地元の秋祭りに参加していますが、高砂には、まさしく「播州の秋祭り」の伝統と誇りが息づいています。
さらに豊かな歴史遺産やすばらしい自然があります。
こうした地域の財産を生かしつつ、姫路市と加古川市に挟まれた地理的条件を強みに変えるためにも、広域的な見地から観光振興に取り組む必要があります。
高砂市にお住まいになっている皆さんが、安心して子育てができ、元気に学んで働き、健やかに暮らして長生きできる街をつくるために、私が兵庫県庁で培った様々な施策をふるさと高砂にフィードバックしていきます。
地域で健やかに暮らすためには、高齢者の介護などの福祉分野に従事するみなさんの役割が不可欠です。
現場を支える福祉人材の待遇改善にしっかりと取り組む必要があります。
兵庫県は隣接する加古川市に高度医療に対応できる県立病院を設置していますし、同市には大きな市民病院もあります。
こうした公立病院の広域的なネットワークを活かし、高砂市が今後、公設民営で整備を進める新市民病院を皆さんにとって真に有意義なものとするための架け橋の役目を果たすことが大切になります。
今、高砂市で暮らしている人すべてにとって、この街は「ふるさと」になります。
皆さん誰もが知っている唱歌「ふるさと」の歌詞では、「ふるさとは志をはたしていつの日にか帰る」とありますが、私はこの高砂を、誰もが「ふるさとで志をなしどける」ことができる街にするために全力を尽くします。
朝の通勤時間帯に市内の自宅から荒井町小松原の事務所に行こうとしたら、旧浜国道は市役所近くから東に向かっては混雑していてなかなか車は進みません。
加古川バイパスの東行きは加古川インターを先頭に、高砂西インター周辺では姫路バイパスや明姫幹線の渋滞が発生しています。
こうした課題を解決するには、山陽電車の線路の高架化による踏切の解消や、播磨臨海道路新設整備による交通網の整備しかありません。
こうした大規模インフラ整備こそが広域自治体としての県に求められる役割であり、その早期実現を強力に推し進めます。
防災面では法華山谷川の整備は進んだものの、全国的に見て過去の例を上回る豪雨が発生しています。
生命と財産を守るため、播磨地域の広域的な治水対策やため池の保全に取り組んでいく必要があります。
通勤時にJR神戸線宝殿駅での乗降客数は多く、神戸大阪方面への朝の通勤ではかなりの人が加古川駅で新快速へ乗り換えています。
朝の通勤時間帯だけでも宝殿駅に新快速が停車できるよう、関係者への働きかけを含めてその可能性を追求していきます。
これは編集画面用のサンプルです。
「プレビュー」から実際の見た目をご確認ください。